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CSPの日本でのあゆみ

1947年にフラナガン神父が来日し、ボーイズタウンと日本人の関係が始まりました。ダグラス・マッカーサー元帥から招聘を受け、フラナガン神父は戦後の日本や韓国の孤児、虐待やネグレクトの問題に助言をするため来日しました。戦争の打撃を強く受けた日本の子ども、家族、地域に癒しや支援の道筋を作ることに尽力し、マッカーサー元帥や日本の人たちから賞賛と感謝の言葉を受けました。そして、フラナガン神父の行動に感銘を受けた日本の神父は神戸で「少年の町」を作りました。フラナガン神父は日本の人々へ多大な影響を与え、日本の人々も彼を神や慈悲の天使と呼び讃えました。

フラナガン神父によって植えられた善意の種はその後も日本の虐待された子どもや孤児を助け、支援し続けました。日本の児童保護法、里親制度、地域制度の整備の基礎はフラナガン神父の提案によって築き上げられました。2003年には日本の児童福祉制度の代表がボーイズタウンに再度支援をあおぎました。当時、施設にいる約3500人の幼児への適切な関わり方がわからず、多くの職員が困っていました。家庭外措置される幼児が急激に増えただけでなく、日本では児童虐待の件数も増えていました。1990年には1101件の児童虐待が報告されましたが、2004年には約33,000件に増えました。日本政府は年々大きくなる虐待の問題への対応に頭を抱えていました。フラナガン神父の意志を引き継ぐボーイズタウンの国内研修部門は友人である日本の人たちの要求に応え、日本が直面している問題を解決するために直接処遇職員、プログラム管理者、親への研修と支援を提供しました。

第一回目の直接処遇職員やスーパーバイザー向け研修は2004年に開催され、日本の14施設から16名が参加しました。2004年から2010年までの間でボーイズタウンは全国135施設、3大学から214名の直接処遇プログラムに関わる職員に研修を行いました。これらのプログラムは日本の施設にいる子どもたちの支援を大きく前進させました。しかし、児童虐待の件数はその後も増加の一途をたどります。そこで、ボーイズタウンは2011年に親、家族、地域のペアレンティングスキルやストレスマネジメントを向上するための予防プログラム「コモンセンスペアレンティング」を提案しました。プログラムを実行するためには多くの教材が翻訳、配布されなければいけませんでした。努力の甲斐もあり、2012年に初めて日本語によるコモンセンスペアレンティング幼児版の研修が開催され、17名が参加しました。

2015年現在、日本では54名が新しい指導者を育成できる管理者として認められ、さらに40名が上級指導者として親向け講座を開催することができます。2013年には、1,456名の親が日本でコモンセンスペアレンティングのクラスを受講しました。2015年には、6,832名にまで増えました。

児童虐待の件数が年々増加する中、ボーイズタウンの目標はコモンセンスペアレンティングの様な効果的なプログラムのリーダー育成によって日本の家族や地域への支援を増やし続けることです。児童福祉の中でもコモンセンスペアレンティングへの関心は強まっており、日本の大学などでも大学生や教員に向けて講座が開催されています。ボーイズタウンは日本の子どもや家庭をさらに良くするためには全力で尽くしたいと考えています。